東京高等裁判所 平成7年(ネ)5492号 判決 1996年12月11日
控訴人
辻本恭夫
ほか二名
被控訴人(原告)
富田静江
主文
原判決を次のとおり変更する。
控訴人らは、被控訴人に対し、連帯して一五七五万一三七八円及びこれに対する昭和六三年一〇月二〇日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
被控訴人のその余の請求を棄却する。
控訴費用は、第一、二審を通じて、参加によつて生じた部分につきこれを二分して、その一を控訴人ら補助参加人の負担とし、その余を被控訴人の負担とし、その余の費用につきこれを二分して、その一を控訴人らの負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
この判決は、被控訴人の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人ら
1 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
2 前項に係る部分の被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
との判決を求める。
二 被控訴人
1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
との判決を求める。
第二事案の概要
事案の概要は、次に付加、訂正するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第二事案の概要」に記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決六頁七行目の「民法七〇九条」の次に「(前方注視義務違反等)」を加える。
二 原判決六頁九行目の「自賠法三条」の次に「(前記加害車両の運行供用者)」を加える。
三 原判決七頁一行目を削る。
四 原判決一〇頁三行目の「原告には」の次に「本件事故による後遺障害として」を、四行目の「あるから、」の次に「そのためには」を、「脳の中枢神経系に」の次に「本件事故による器質的な」を、五行目の「しかし、」の次に「本件事故の態様等に照らして、」をそれぞれ加える。
五 原判決一四頁八行目の次に、次のとおり加える。
「3 損害の填補
(一) (控訴人らの主張)
被控訴人は、自賠責保険金として合計五二七万四八九五円の支払を受け、その限度で被控訴人が本件事故によつて被つた損害は填補された。
(二) (被控訴人の主張)
被控訴人が支払を受けた自賠責保険金は、合計五一九万九四四〇円に過ぎない。」
第三争点に対する当裁判所の判断
一 本件事故の態様及び被控訴人の治療経過について
本件事故の態様及び被控訴人の治療経過に関する認定、判断は、原判決一四頁一〇行目から二九頁七行目までの記載のとおり(ただし、原判決二〇頁六行目の「同年」を「昭和六三年」に改める。)であるから、これを引用する。
二 被控訴人の傷病及び後遺障害について
1 先にみたとおり、被控訴人の治療経過及びその過程で作成された診断書、診療録等の記載によれば、被控訴人の傷病名は、「外傷性頸髄損傷」、「中心性頸髄損傷」、「頸椎損傷」、「頸椎捻挫」、「第三腰椎圧迫骨折」、「変形性頸椎症」、「変形性頸椎症」、「変形性腰椎症」などと、診断の時期又は診断者によつて異なつており、また、治療期間も著しく長期化し、それに従つて症状ないし障害の有無や程度が必ずしも軽快していないばかりか、かえつて重篤化しているものである。
2 そこで、検討するに、先ず、本件事故による被控訴人の第三腰椎圧迫骨折の傷害の有無については、証人立川美登は、立川病院における被控訴人の腰部のレントゲン単純撮影の結果によれば被控訴人には第三腰椎圧迫骨折の傷害があるものと診断されると証言し(もつとも、右証人は、他方では、自動車損害賠償責任保険診療報酬明細書等に右の傷病名の記載をしたのは、単に自賠責保険金の円滑な支払を受けることができるようにするための方便であつたに過ぎないかのような証言もしている。)、確かに、乙第五号症の七(平成二年九月一一日立川病院における被控訴人の腰部レントゲン単純撮影の結果)によれば、第三腰椎の椎体の前方の高さが後方のそれに比してわずかに減じている(楔状変形)ことを認めることができるけれども、丙第一〇号証の一(医師乾道夫作成の意見書)及び証人乾道夫の証言によれば、右腰部レントゲン単純撮影の結果は、同時に撮影された他の方位からの同部位の撮影結果(乙第五号証の六及び七)と併せて精査すれば、被控訴人の第三腰椎に圧迫骨折があることを示すものとは判読できないというのであり、また、乙第三号証の一(医師田中靖久作成の意見書)によれば、右の程度の軽度の第三腰椎の楔状変形は、加齢(老化)現象としても生じるものであつて、外傷性のものとの鑑別は困難であり、また、仮にこれが外傷性のものであつたとすれば、数か月以内には骨癒合を生じて痛みはなくなるのが通常であり、通常は右のような腰椎の楔状変形によつて神経の障害を来すことはないというのであつて、これらに鑑みると、証人立川美登の前記証言は直ちに採用することができないし、被控訴人が本件事故によつて第三腰椎圧迫骨折の傷害を受け、それが被控訴人の前記のような右上下肢の機能障害、知覚障害等の重篤な後遺障害の原因であると認めるに足りる証拠はない。
また、本件事故による被控訴人の頸髄損傷ないし中心性頸髄損傷(頸部脊髄の中心部への損傷)の有無についても、前掲乙第三号証の一、丙第一〇号証の一及び証人乾道夫の証言によれば、脊髄に損傷を受けた場合には、腱反射の亢進、病的反射の出現、損傷脊髄支配領域における筋萎縮等の症状がみられるのが通常であるのに、被控訴人にはこれらの症状がみられないこと、頸部脊髄の中心部に損傷を受けた場合には、通常、運動制限、知覚障害等の症状ないし障害は主として上肢に限定されるものであるのに、被控訴人の症状ないし障害は上下肢に及んでいることが認められるのであつて、このことに照らすと、被控訴人が本件事故によつて頸髄損傷ないし中心性頸髄損傷の傷害を受けたものとは断じ難い。
3 他方、前掲丙第一〇号証の一、甲第六号証(水戸済生会総合病院医師金子二司夫作成の後遺障害意見書)、乙第四号証の四(昭和六三年一〇月二〇日堀越病院における被控訴人の頸椎のレントゲン単純撮影の結果)、乙第五号証の四及び七(いずれも平成二年九月一一日立川病院における被控訴人の頸椎のレントゲン単純撮影の結果)、乙第六号証(平成三年四月二二日勝田病院における被控訴人の頸椎のMRI(磁気共鳴画像)検査結果)並びに証人乾道夫の証言によれば、被控訴人には、頸椎のMRI検査結果の所見上、頸椎の後縦靱帯の骨化の症状(骨化巣の占有により脊柱管の狭窄を生じて、重篤な脊髄症を発症するもの)がみられること、右後縦靱帯骨化症は、末だ発症の原因が不明の難病とされていること、さらに、被控訴人の第四頸椎と第五頸椎には骨棘の形成(反応性の骨増殖)や椎間板の高度の変性(狭少化)がみられ、昭和六三年一〇月二〇日のレントゲン撮影時と平成二年九月一一日のレントゲン撮影時の各影像を比較すると、骨棘の形成が進行中であつたことが認められ、被控訴人が進行性の変形性頸椎症に罹患していることが窺われること、右の変形性頸椎症は、頸椎の老化、退行変性に基づいて生じる加齢的な現象であつて、外傷性のものではないことの各事実を認めることができる。
4 しかしながら、前掲乙第三号証の一、証人乾道夫の証言及び弁論に全趣旨によれば、頸椎(椎骨、椎間板、椎間関節軟骨、靱帯)に軽微な損傷(頸椎損傷、頸椎捻挫)を生じたに過ぎないような場合には、レントゲン単純撮影によつては確認することができないことがあるというのであり、本件においても、前掲のレントゲン撮影結果上はこれを確認することができないものの、本件事故の態様、先にみたような被控訴人の治療経過及び症状等に照らすと、被控訴人が本件事故によつて少なくとも右のような程度の頸椎損傷ないし頸椎捻挫の傷害を受けたことは容易に推認されるところである。
そして、以上に認定したところによれば、被控訴人は、本件事故前から頸椎の後縦靱帯骨化症や進行性の変形性頸椎症に罹患しており、神経症状を惹起し易い状態にあつたとはいえ、健常者として稼働していたものであるところ、本件事故によつて前記のような程度の頸椎損傷、頸椎捻挫の傷害を受けた上、これがきつかけとなつて頸椎後縦靱帯骨化症や変形性頸椎症の症状が顕在化して発現して、頸椎部運動制限、頸頭部痛、上下肢の知覚異常など、頸椎損傷、頸椎捻挫に通常伴うものとされる後遺障害の範囲を超えて、前記のとおり、右上下肢を中心とする弛緩性麻痺、右上肢の用廃、右下肢の脱力による歩行障害、右上下肢の知覚低下等の重篤な後遺障害が生じるに至り、また、これに伴つて治療の長期化を招くことになつたものと推認することができる。
被控訴人の右のような後遺障害の程度に照らすと、被控訴人は、右後遺障害によつて少なくともその労働能力の六〇パーセントを喪失したものと解するのが相当である。
5 このように、本件においては、被控訴人が本件事故前から罹患していた頸椎後縦靱帯骨化症や変形性頸椎症の疾患が被控訴人の後遺障害の程度や治療の長期化に大きく寄与していることが明らかであつて、以上に説示した諸事情に照らすと、この場合において、控訴人らに損害の全部を賠償させることとするのは公平を失するから、民法七二二条二項の規定を類推適用して、被控訴人の右疾患を斟酌して、控訴人らには被控訴人が本件事故によつて被つた損害の六割を賠償させるものとするのが相当である。
三 被控訴人の損害及び損害の填補について
1 被控訴人が本件事故によつて被つた損害についての認定、判断は、原判決三六頁九行目から三九頁四行目までの記載のとおりであるから、これを引用する。
2 そうすると、控訴人らは、被控訴人に対して、右損害合計三二五四万三七八九円の六割に相当する一九五二万六二七三円を賠償すべきところ、被控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、自賠責保険金として五二七万四八九五円の支払を受けて、その限度で被控訴人が本件事故によつて被つた損害は填補されたことを認めることができる。
また、本件事案の性質、本件訴訟の経過等に照らして、弁護士費用一五〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害として控訴人らに賠償させることとするのが相当である。
3 したがつて、控訴人らは、被控訴人に対して、連帯して一五七五万一三七八円及びこれに対する本件事故の日である昭和六三年一〇月二〇日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべきことになるから、被控訴人の請求は、この限度において認容すべく、その余は失当として棄却すべきである。
四 結論
以上のとおりであるから、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法九六条、八九条及び九三条の各規定を、仮執行の宣言につき同法一九六条の規定を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 町田顯 村上敬一 末永進)